ひとりごちる 2003年1月(下旬)

[日記目次] [今月分(全体)] [今月分(上旬)] [今月分(中旬)] [今月分(下旬)]

1月31日(金曜日)

昨晩のこと

泡盛と冷凍小松菜に醤油をかけて。720mlが三日のペースといふのも、コストパフォーマンスが惡いなあ。やはり一本で五日近く樂しめるスピリタスの方が財布に優しいか。喉越しは優しいどころか過激だが。

起床は6:50。腹の具合は良くなく、長時間トイレにこもつてしまつた。紙が切れたので、今晩の歸りにでも買はないとなあ。

今日のfortune

日記を記さうと起動したときに目に入つた。


panic: can't find /

冗談でも怖いと思ひます。

午前

謎の蟲の調査。どうしてCallされてゐない函數を變更するだけでpanicするんだらう。

青菜炒め、サラダ。味噌汁を付けるのを忘れてゐることに、食べる直前で氣がつく。迂濶すぎるな。味の感想を書かうとした今、肉類魚類も食べなかつたことに氣がついてしまふ。迂濶すぎるよ。

情報收集

ふむ。慥かに主從關係が明確に見えませんから、引用ではないですね。「当サイトは 以下の著作に関するdata baseである」といふことがどういふスタンスか明記されてゐないやうですし。

もしかすると「情報提供に感謝します」とは、情報提供者に對する言葉なのかしら。

午後

ふと思ひついて、先週加えた處理を全て外してみる。あつさり動作した。これが原因かよ。それでも擧動が微妙に間違へてゐるので、その邊りを調査中。

夕方

カニクリームコロツケ、小松菜の胡麻和え、大根葉の漬物。甘いんだか辛いんだか。かにころつけと云へば、竹本泉「パイナップルみたい」は復刻しないのかなあ。あれも絶版になつて久しいはずだけど。

原因は判らずじまひ。來週なんとかしませう、といふことになつた。

買ひ物

綱島にて。

會社にも寄つたが、氣力がない。さつさと歸る。

adieu.設定資料

ほう、一般賣りしてゐますか。保存用にもう一册買はうかしら。良い出來ですよね。

日記四周年

いつの間にか、四年が經過してゐました。

この一年で仕事は忙しくなり、抱へる人員も増えてゐるので充實はしてゐます。もつとも、部下の使ひ方はもう少し研究する必要はありさう。ただ横濱での仕事が充實すると、それだけ沖繩へ戻るのが遠のくので、そちらも計畫的に進めないと。

日記を書く上では、嫌なことばかりで實に不愉快な一年でした。何かしらに怒つてゐた氣がします。それを誠實に應へてきた氣がします。しかし無駄だつた氣がします。いや、實際無駄でした。無駄でしたとも。これがこの先も續くのかと思ふと頭が痛くなります。

まあ、だからと云つて日記を書くのはやめませんが。ただ、對策は立てるべきだらうなあ。


1月30日(木曜日)

昨晩のこと

川崎で買つた泡盛くらをキツカリ三分の一だけ呑む。これで週末までは大丈夫だと思ふ。

起床は6:50。ADSL囘線が切れてゐた。さういへば一昨日も切れてゐた。IRCのログを見ると、一昨日と同じ時間のやうだ。何かあるのだらうか?

いつも通りに出たが、常磐線の乘り繼ぎが良かつたのでかなり早く到着する。聯絡バスの時間までかなりあるので、客先まで歩くことにする。しかし、今日は寒いなあ。

午前

不具合對策。お客さんのマシンと私のマシンで擧動が全然違ふ。これでは原因を探すのが面倒さうだ。

メンチカツ、なめこおろし、ひじき。今日はまあまあの味。

午後

時間がかかりさうなので別機能の確認を優先することになつた。あつさり動くものと思つてゐたが、かなり難航する。OSごと止まつてしまふのでは、原因を追ひにくい。

夕方

ハンバーグ、サラダ。サラダには久しぶりにドレツシングをかける。最近は手を拔いて、醤油ばかりだつたからなあ。

結局、こちらも原因不明。明日はアプローチを變へてみよう。

買ひ物

綱島にて。

やつと「いちご実験室」を見つけました。これから讀みます。しかし、「G組のG」が見つからないなあ。「弁論術」は、やうやく西洋古典を讀む程度の知識は身につけた氣がしたので。本當は大學生のときに讀むべきなんだらうけど、當時は澁澤、サド以外は日本古典文學ばかりだつたからなあ。

理由

何故に怒つてゐるのか、と思つたら追記が。なるほどねえ。あの程度なら「引用」で濟ますもので、無斷轉載してゐるのに「情報提供に感謝します」とするのは良くないですね。NOGさんは協力してゐるわけではないですし。


1月29日(水曜日)

昨晩のこと

昨晩はグラス半分のスピリタス。慥か、一杯くらゐの分量は殘してゐたつもりだつたけど、どうやら一昨日は勢いでもう半分呑んだらしい。道理で翌朝が不調になるわけだ。

起床は6:50。昨晩は寒さが緩んでゐたが、今朝はまた嚴しくなつた。時間はいつも通り。でも常磐線が遲れてゐる。朝飯にキオスクで牛蒡天蕎麥。

午前

昨日修正したコードの檢證。高負荷で不具合が發生するのだが、原因がまだ掴めない。

胃に蕎麥が殘つてゐるので拔く。

午後

デバツグの續き。難儀するかと思つたが、調子が上つてきてトントントンと進む。

夕方

早く歸れさうな状況だつたので、夕飯は拔き。20:00頃に食べられれば良いからなあ。

川崎にて牛タン。これは美味しいな。今囘は食事メインだつたけど、次囘はそれを肴に酒を呑みたいなあ。沖繩旅行の準備着々。實家にも聯絡しないとなあ。

夜中

川崎で泡盛を買つてバスで歸宅。あかりちやんが裏番組のおまけをプレイしながら叫んでゐる。これは買へといふことか?


1月28日(火曜日)

昨晩のこと

ユーシィ#17。作畫も弱かつたが、百合展開も弱かつたなあ。次囘は執事メインみたい。GAINAXアニメにしては構成が確りしてゐるな。

起床は7:10。深酒で早く起きることができなかつた。電車も乘り遲れてしまつた。

午前

まだ胃の中にスピリタスが殘つてゐる感じ。これはいかん、とキオスクで天麩羅蕎麥を流し込む。

それでも午前中は低調。メールとか簡單なコードの修正くらゐしかできなかつた。

薩摩揚げにサラダ。食欲はなかつたが、食べないと體調が囘復しない氣がして。食堂のTVでは東京タワーからの中繼。すぐCLAMPを思ひ出すのは駄目な證據だな。

午後

修正項目とソースコードを照し合せると、未修正項目が一杯。お客さんに怒られながら、全部直す。

夕方

早く終つたんだが、これから會議があるので飯も食べずに歸社。しかし、お腹が空いたなあ。天津甘栗の香りが恨めしい。

打ち合はせ。來月以降の仕事が倍増しさうだ。どうして人間の身體は一つしかないのでせうか。

夜中

家に歸つても仕事のメールを書かねばならず。仕事は多いのに時間が足りないなあ。もういいや、酒を呑まう。


1月27日(月曜日)

昨晩のこと

實家から電話。來月の豫定がまだ決つてゐないことを傳へる。甥は大分大きくなつたやうだ。まだ會つたことはないが。

それからスピリタスをちびちび呑んで寢る。

起床は7:00。雨といふことを計算に入れてゐなかつたので、驛に辿りつくまでいつもより時間を取られてしまふ。氣温はさほど低くないから良いけど。

午前

出だしは遲れたが、客先へのシヤトルバスには間に合つたのでいつも通りの開始時間。勝手にペンディングにしてゐた件を、今日一杯に終らせるやうに云はれて慌てる。會社に聯絡して作業優先度を變更してもらふ。

チキンカツ、根菜汁、莖ワカメ。根菜汁に竹の子が入つてゐて「竹の子は根菜に入るのかしら?」と疑問が湧く。機會があれば調べよう。その他には人蔘、大根、蓮根、牛蒡と色を添へるためのサヤエンドウが入つてゐた。味噌仕立てで旨かつた。

午後

テストをしてゐる時に蟲が涌いてしまつた。大慌てで原因を調べる。

夕方

ニラ豆腐、ワカメの酢の物、マカロニサラダ。ニラ豆腐とは何かと思つて選んだが、ただの辛くない麻婆豆腐だつた。味は惡くなかつたが、辛くないと落ちつかない。

今日は諦めよう。

歸宅途中

北千住で乘つたときに血まみれの客がゐたけど、あれは何だつたんだらう。

夜中

スピリタスでへろへろ。

程度も想像次第

別に構はないですが、その場合は私の想像し得る限りの最惡の理由を考へますが。それを元に非難したら怒られさうです。

迂濶です

正しさに慢心して礼儀をおろそかにするべからずとは、禮儀だけはきちんとしようとしてきた私に對する挑戰でせうか。「根據を示せ」から「論點差し替へ」「逆ギレ」「議論中斷」「人は自らを否定すべき文句で以つて他人を罵る」となるオチまで見え見えではないですか。

來月の豫定

いつも通り、fj.rec.comicsから。

多いな。でも「エイケン」はそろそろ切つても良いか。


1月26日(日曜日)

昨晩のこと

さういへば、コンビニで買つてゐたんだつた。

岩明さんの連載が面白さうだ。新刊も出てゐるらしいから、買はうかな。

それからつかぴんから電話があつた。夏向けのサークルカツトを描かないとねえとか、旦那もさつさと原稿書けよとか。スピリタスを呑んで寢る。

起床は10:00。今日も良い天氣だ。これで仕事がなければどこかに出掛けるのだが。

午前

洗濯をしただけ、掃除をする時間がないよ。

風呂場にある洗面臺の排水口に安全剃刀の替へ刄を落してしまつたので、取り出せないものかと格鬪してみたが工具なしでパイプを整備するのは無理だつた。

拔き。朝飯も拔いてゐるなあ。

午後

待機業務で資料作成とか。カーラジオで聽いた「地上の星」に感化されたのでBGMは中島みゆき。

夕方

今日は餘り進まなかつたなあ。待機解除となつたので、會社から離脱する。歸りにクリーニングの受け取りとか引き落しとかしてゐたら、時間が遲くなつてしまひ、秋葉原へ行くのはやめにする。

今日は何も食べてゐないなあ。誰か一緒に晩飯いかがでせうとIRCで募つてみたら、GORRY先生が餃子の氣分になつた。そのまま蒲田の「歓迎」へ。餃子は燒き餃子、水餃子、揚げ餃子を食べる。燒き餃子が旨い。締めにモヤシソバを頼んだが、量が多くて食べるのに一苦勞。最後は胃が辛かつた。しかし、餃子をつまみながらビールを呑むのには良い店だ。また行かう。

それから川崎に移動してヨドバシで買ひ物の豫定だつたが、棚卸しで8:00閉店だつたので無駄足になる。GORRY先生と別れて、バスで綱島へ歸る。

買ひ物

仕方ないので雜誌と漫畫で我慢するか。


1月25日(土曜日)

起床は9:00。流石に最後に酒を口にしたのが27:00頃だつたので、アルコールが拔けてゐない。しばらく安靜にして酒が拔けるのを待つ。

午後

待機指令が出たので自社待機。待つだけでも能がないので新規案件の資料を作成する。

夕方

いつもの壽司屋で壽司。來月の沖繩旅行の手配について相談をする。私は明日も仕事が入つてしまつたので、手配は五反田さんにお願ひすることになつた。お手數をかけます。

その後、川崎基地まで一行を送り、そのまま歸宅する。

汚い

嘘を吐くことないでせう。だつて、私の文章をきちんと讀んでゐないのに、どうやつて「やっぱりそういう反論できましたね。」などと云へるのです?

そもそも最初から「論理的であることが人格否定に繋がるやうに書くことは、論理的にをかしい」「それと正字正假名を結びつけるのは非常に不愉快だ」と示してゐるのに、「批判の最終点が見えづらく、こちらも反論しづらかった」とはどういふ意味ですか。本當に私の文章をきちんと讀んでゐたのですか?いいえ。望月さんは讀んでゐないでせう。でなければ字面だけで判斷してゐるだけです。論理的に私の反論を豫想できたとはとても思へません。

打ち切るのは結構ですが、こちらが示した「論理的であらうとする人に對する云ひがかり」には根據も説明もなしで濟ませ、私の文章を「ただの水掛けもしくは、ただの論破したいがための展開にしかならない」と斷言してゐる。しかもこれも根據も説明もなしです。卑怯で無責任で不誠實な態度だと思ひます。

被害者を裝つてみせるのもいい加減にしてください。望月さん自身がこちらに不當なことをしてゐるのに、どんな根據があつてこちらにこそ非があると強辯されるのか?その説明すらもありません。これで望月さん以外の誰が納得するといふのでせうか。

もう結構です。望月さんが詭辯だらうが云ひがかりだらうが「論理的であらうとする人」「正字正假名」に攻撃を加えたいといふことは良く分りました。ですが根據も論理も解説すらもないその意見は、説得力皆無であり、當事者とされた人にとつて不愉快極まりないものです。そして、當事者である私がこの遣り取りをどのくらゐ不快に感じてゐるか、望月さんは「豫想」できてゐましたか?


1月24日(金曜日)

昨晩のこと

冷凍アスパラガスを解凍してスピリタスのツマミに。昔は電子レンジなんて不要だと思つてゐたけど、手間をかけずにつまみが用意できるのは確かに便利だ。しかし食べやすい大きさに切ることすらせずにただ醤油をかけるだけ、といふ手の拔きつぷりはどうかとは思ふ。いや、旨いんですけどね。

起床は6:50。昨日の天氣が嘘のやうな青空。雨あがりで、遠く富士山まで良く見える。

が、浮れてもゐられなかつた。なんと電車で讀む本が一册もなかつたのだ。八犬傳(7)は讀み終へたし、マリみて近刊も讀んだばかり。しかたないのでR1Nを取り出してWebぐる。歸りは何かしら本を買はないと。

「らしい」を「である」に變へてみよう

さて、後半の納豆に關する話が「らしい」を「である」と斷定に變へてみませう。すると「食べられない人は、食べられる人より健康的でない」と斷定はできますね。しかし、だからと云つて「食べない人の人格否定」がどうやつて導きだせますか?

あの文が屁理屈なのは、「全く關係のない主張をしてゐること」と「曖昧な前提で斷言してゐること」です。要するに致命的缺陷が二つあるのです。後者を嚴密にしたところで、前者をどう肯定できるのです?それでもやはり屁理屈ではないですか。かういふ屁理屈でこれなら文句ないでしょ?と云はれても困ります。

ちなみに書き直した文も論理構成は同じなので、これも屁理屈です。1と2からどうやつて3を導きだせますか?實際にさういふ非難を望月さんが受けたのなら、「それは屁理屈です」と返してやれば良いでせう。

しかし、かう屁理屈を強硬に主張されると、望月さんが意圖的に正字正假名を貶めたいのではないか、と疑はれますよ。逆に云ふと「私が話題に出しただけでflameのもとになる」のは、かういふ屁理屈で正字正假名を語るからです。

「らしい」を「である」に変えてみよう

昨晩のも略字現代かなを用意するべきだったか。

さて、後半の納豆に関する話が「らしい」を「である」と断定に変えてみましょう。すると「食べられない人は、食べられる人より健康的でない」と断定はできますね。しかし、だからと云って「食べない人の人格否定」がどうやって導きだせますか?

あの文が屁理屈なのは、「全く関係のない主張をしてゐること」と「曖昧な前提で断定してゐること」です。要するに致命的欠陥が二つあるのです。後者を厳密にしたところで、前者をどう肯定できるのです?それでもやはり屁理屈ではないですか。こういう屁理屈でこれなら文句ないでしょ?と云われても困ります。

ちなみに書き直した文も論理構成は同じなので、これも屁理屈です。1と2からどうやって3を導きだせますか?実際にそういう非難を望月さんが受けたのなら、「それは屁理屈です」と返してやれば良いでしょう。

しかし、こう屁理屈を強硬に主張されると、望月さんが意図的に正字正假名を貶めたいのではないか、と疑われますよ。逆に云うと「私が話題に出しただけでflameのもとになる」のは、こういう屁理屈で正字正假名を語るからです。

午前

行きの電車を取り逃し、待ち時間があつたのでキオスクで天麩羅蕎麥。旨いものではないな。

客先に到着してからデバツグ。ポインタ操作でつまづく。

客先入り前に食べた蕎麥がまだ胃に入つてゐるので、今日は拔くことにする。

午後

ハードウエア擔當の方と打ち合はせ。OS依りの部分は理解してゐるんだけど、ハードウエア周りは知識不足で對應不能。あまり役に立たなかつたなあ。

夕方

自社で打ち合はせがあるので、食べている暇がない。

やうやく今週のノルマを達成。なんとか自社に戻れるな。

夜中

打ち合はせを24:40まで。さすがに疲れた。その後は驛近くの居酒屋で呑む。

その論理は贋物

酷い。説明を追加されてゐますが、望月さんの考へは私の讀み方よりも更に惡質です。

例文が屁理屈であることを示せば望月さんがこの件に關して「論理的でない」と決めるのに十分です。なぜなら望月さんは「論理的であることを非難」するために、「屁理屈」を持ち出してそれと關聯があるやうに文章を書いてゐるからです。加えてそれに「正字正假名の問題」まで根據なく結びつけてゐます。最初に書いたやうに、私は論理的であることが人格否定に繋がるやうに書くことは、論理的にをかしいと問うてゐるのです。

これまではやや曖昧な書き方でしたが、今囘は「要するに1を武器にして、3の段階で(詭弁)攻撃をしかけるんです」といふ指摘で「論理を主張する人は、後に詭辯で相手を陥れる」と斷言されるに至つてゐます。更に正字正假名の問題も關聯あると臭はせてゐます。この邊り、實例などの根據が示されてゐないので全く論理的ではありません。先にも書きましたが、論理的に説明してください。それがないのならば、關聯付けること自體が詭辯でせう。とても惡質な文章だと思ひます。

「『論理的じゃない』と私を攻撃しないでください」と云ひつつかような非論理的な攻撃をしてくるのは何故でせうか。望月さんが論理を降りかざす人や正字正假名が嫌ひなのは良く分りましたが、だからと云つて根據なく「詭辯」を仕掛けても良いといふものでもないでせう。そろそろ怒り心頭なのですが、まだ私は理性的に對應する必要があるのでせうか?

それにしても、本當に最初から詭辯のつもりだつたのですか?論理的に考へれば、私が「例文が屁理屈である」ことを示した段階で「それは詭辯の例なので、わざとだ」と指摘するのが自然です。それを二度も私に「屁理屈の説明」を求めてゐながら、いきなり「詭辯である」ことを示して「そこが読み取れなかったのでしょうか…」と難じてみせるのはあまり誠實な態度とは思へません。遠囘りの道筋を示し、その通りに歩かせた上で「ここに近道があるのに、氣がつかなかつたのでせうか」と嘯いてみせるのは、隨分と人を馬鹿にした態度だと思ひます。


1月23日(木曜日)

昨晩のこと

喉が喝いてゐたので氷結果汁を飮む。その後にスピリタスでも呑まうかと思つてゐたが、ユーシィ#10を見直してゐたら寢ないとまづい時間になつてゐた。結局、酒なしで寢ることになつたが仕方あるまい。

起床は6:50。さほど寒くなくなつたかと思つたのだが、日比谷線から常磐線に乘り換へるときに外を見ると雪。横濱に引き返したくなつた。

午前

寒さに震へながらも客先に到着。すぐさま作業に入る。一通りの動作確認は終了。あとは午後の作業次第か。

野菜の旨煮、ひじき、漬物。漬物が少し鹽辛いな。

豫報によると、今晩は山沿ひで雪らしい。客先の邊りは雨なんだが。

午後

修正點はほとんど片付けた。最後に大物を殘すのみ。

夕方

鶏肉の唐揚げと南瓜。南瓜にマヨネーズは合はない氣がするなあ。

不具合は最後の一つになつたが、どう修正しても直らない。これは明日に持ち越しとなる。

思ふのです

ほとんど書かれてしまつたので書き足すことはなし。まあこばもすさんの書きかたは藝風とはいへ褒められるものではないと思ひますが。

少しだけ。私が危險なことを云はれたら、永く苦しみを與へる手段を選びますので飛道具を使ふことはないでせう。せめて鋸か燒き鏝にしてくださいまし。

論理的であること

なんだが喧嘩を賣られてしまつたやうですね。日頃から論理論理と私がうるさく云ふことへのあてつけにも讀めます。

ただし「論理廚」として例を擧げてをられますが、それは論理ではなく屁理屈です。納豆の例などは非論理的で許しがたいものがあります。

良く判りませんが、これをもつて「論理的であることを非難」されたいのでせうか?論理と屁理屈の區別すらつかないのに、論理的であることが人格否定に繋がるやうに書くことは、論理的にをかしいと思ふのですが。これではほとんど云ひがかりです。

それと、コメントアウト部分が非常に不愉快です。

論理的であること

略字現代かな。

なんだが喧嘩を売られてしまったようですね。日頃から論理論理と私がうるさく云うことへのあてつけにも読めます。

ただし「論理廚」として例を挙げておられますが、それは論理ではなく屁理屈です。納豆の例などは非論理的で許しがたいものがあります。

良く判りませんが、これをもって「論理的であることを非難」されたいのでしょうか?論理と屁理屈の区別すらつかないのに、論理的であることが人格否定に繋がるやうに書くことは、論理的におかしいと思ふのですが。これではほとんど云いがかりです。

それと、コメントアウト部分が非常に不愉快です。

はじめてのしつもん

さすがに、初めてならば應へる必要はあると考へます。ただ、昔から讀んでゐると思はれる人が執拗に質問してきたりしたら、氣分は良くありませんね。

夜中

やあ3とYMO萬歳と云ひながらスピリタス。再販モノも買はないとなあ。

納得いかないと云はれてもなあ

なんだか論理が無茶苦茶なのですが。

まづ前半。問ひかけ。「論理的に正しいことこそすべて」の同意。無関係な事象への言及。

大體、問ひかけに對して「論理的に正しいことこそすべて」と認めなければ1,2は成り立たないではないですか。これのどこが「論理的」なのです?しかも、それを認めてすら3はこれまでと全然關聯のないことがらに觸れてゐます。つまり無關係です。これを屁理屈と云はずに何と呼ぶのでせうと?しかもこんな出鱈目に「正字正假名」を結び付けられたら、「正字正假名」を論理的に説明してゐた人間がどう感ずるかは想像できないでせうか?私は怒りました。

次に後半。「納豆が身體に良い*らしい*」ということ。「それを食べられない人がゐること」。その人の人格否定。

1,2から推測可能なのは、「食べられない人は、食べられる人より健康的でない*らしい*」といふこと。1の條件が曖昧なのだから、2の推測が曖昧になるのは當然です。が、3は全く關係のないことが指摘されてゐます。1,2では「納豆を食べるひとと食べないひとでは健康の度合が變る*らしい*」といふ結論しか出ません。しかもその結論が正しいか否かは曖昧です。それなのに、どうしてそれと關係のない3の主張が出てきますか?これを屁理屈と云はずに何と呼ぶのでせう?しかもこんな出鱈目に「正字正假名」を結び付けられたら、「正字正假名」を論理的に説明してゐた人間がどう感ずるかは想像できないでせうか?私は怒りました。

で、これが私を不愉快にさせた「論理的」な説明ですが、「論理的に説明した」からには「論理的な解説」を頂けるのでせうね?不愉快な上に不愉快な質問を重ねられて、こちらとしても不愉快の極みなのですが。


1月22日(水曜日)

昨晩のこと

あ、酒を呑むのを忘れてゐた。既に25:00過ぎだつたので、泣く泣く斷念。

起床は7:00。少し出遲れたのでいつもの電車を目の前で逃してしまふ。これで20分の遲延が確定か。

午前

やや遲れて客先入り。昨晩の不具合調査。

煮物、切干し大根、牛蒡サラダ、豚汁。

更科修一郎氏のサイトに掲載された日記を讀む。どうして同年代の評論家やそれに類した人間の文章は、かように讀みにくい上に無意味なのだらう。

午後

調査の結果、單純なケアレスミスが見つかつた。判つてしまへば、修正は樂だつた。これで良しと。

夕方

鯖フライ、ポテトサラダ、コーンスープ。今日の食事は晝も夕方も美味しくないな。

相方の管理について注意される。指示を出すのをすつかり忘れてゐたな。惡い癖だから改めないと。區切がついたところで客先を出る。

奇妙な論理

要するに詭辯です。己の惡意があるから惡意を感じるといふのも詭辯の一種と云へませう。だつてさうぢやないですか。例へば私が「○○は救いやうのない馬鹿だ」と書いたとして、當の本人に「あなたには惡意がある」と指摘されたとしませう。「私には惡意はない。それはあなたが惡意をもつて文章を解釋したからだ」と私が辯明したとして、それが通じると思ひますか?通じるわけがありません。惡意のあるやうに讀める文章だからです。

何度も書いてゐますが、文章を媒體とするときには、文章に書かれたものが全てです。書いた當人に惡意があらうがなからうが、惡意があると感じられる文章ならば「惡意がある」と判斷されます。當たり前でせう?

惡意がないのに惡意があると讀まれてしまふのは、その氣がないのに惡意があるとしか思へない文章を書いてしまふ文章能力のなさと、書いても讀み返さないか、讀み返してもそれに氣がつけない讀解能力のなさが原因です。要するに書き手の問題です。「誰かが悪いのではない。まず最も身近な、己自身の悪意を鎮めよ。」などと讀み手の責任にしてはいけません。

會社に寄るつもりだつたけど疲れたのでやめる。

とにもかくにも

まきかずひこさんが調べてくださいました。なるほど、古今集でも使はれてゐる言葉なのですね。馬琴の用例も、宛字なのかもしれませんね。

件の歌を讀んだ記憶がなかつたので古今和歌集を本棚から出して調べる。1060首目にありますね。殘念ながら、私はまだ676首までしか詠み終へてゐなかつたのでした。

書く理由について、再度

例へば、私が明日から「英語」で日記を書きはじめたら、その理由を問ふのでせうか。

好奇心を滿たす爲に問ふのは惡くはないかもしれませんが、既に一度は理由を列記してゐるのですし、さう何度も何度も執拗に問はれれば好奇心以外の意圖を勘ぐりたくもなると思ひますが。

それに切り換へた直後からネガティブな反應は色々頂きましたし、さういふ意見しか目立たなかつたのだから、私がネガティブな判斷を下すのは不自然ではないと思ひますが。

正直「私の國語教室」くらゐは熟讀してから訊けよ、と思ふことも屡々でした。素朴な疑問はほとんどこれで解決するのですし。あと、論理を嫌ふ人が多いのは意外でした。論理的に説明することは強制でもなんでもないでせうに。それと私は正字正假名を他人に勸めても、それを押しつけたことはないのに、どうも「押しつけてゐる」といふ根據のない風聞もあるやうに思へます。

切り換へた最初の頃に、實際は、字面ばかり追ひかけてゐてちやんと讀む人がほとんどゐなかつたということだらうか?と疑問に思つてゐたのですが、今は確信に變つてゐます。ほとんどの人は字面を追ひかけるばかりで、文章なんぞ讀んでゐない、と。まあ私の日記は、私以外には暇潰し以外の何物でもないので、それはそれで構はないのですが。


1月21日(火曜日)

昨晩のこと

殘つた日本酒だけでは物足りず、スピリタスもコツプ半分呑む。

起床は6:50。久しぶりに埼玉で打ち合はせ。晴れてゐるやうで良かつた。

午前

打ち合はせ。面白い仕事なんだが、私自身の手が空きさうにないので調整をどうするかが問題か。とにもかくにも内部調整のため、状況報告と人員の手配依頼をする。

とにもかくにも

さういへば、「とにもかくにも」は八犬傳では「左にも右にも」と記述してゐるんだけど、これを短縮したと思はれる「とにかく」には「兎に角」と漢字を宛てるよなあ。どちらも宛字なのか?それとも別の語義なのか?八犬傳には「とにかく」といふ云ひ囘しは今迄讀んだ分に含まれてゐなかつたから、比較的新しい云ひ囘しなのかしら?

千葉へ移動中。御飯はどうしようかなあ?

晝飯

結局、日暮里で乘り換へる合間に月見蕎麥を食べる。面倒なので、最初から卵の黄身は潰して。あまり旨いものではない。

午後

修正箇所のリスト作成と修正作業。マクロ修正だけで乘り切らうとするから、餘計に苦勞してゐる氣がするなあ。

夕方

海鮮フライ。追加でサラダでも取らうかと思つたけど、フライの付け合はせと味噌汁の小松菜だけでこと足りさうだつたのでやめる。しかし途中でおかずが足りなくなり、納豆くらゐは付けるべきだつたと後悔する。

豫定の半分は動いたんだが、殘りが動いてくれない。原因は不明。どうしたものかねえ。

色々と報告をしないといけないので、今日も早めに自社に戻ることにする。

本來は同人の話でせう?

どういふふうに論を展開するのも構はないのですが、正字正假名は論爭の道具ではありません。單なる表記です。といふかこの程度の話のすり替へくらゐ、他から指摘があつても良ささうなものですが。

この件で判つたことは、皆が正字正假名についてあれこれと意見、というかほとんどが苦言か非難、を云ふのは、正字正假名に興味があつてするのではなく、ただ單に正字正假名が「論爭の種」といふ認識しか持つてゐない爲だ、といふことでせう。もしくは反應を嘲笑ひたいが爲に仕掛けてゐるのでせう。

こちらとしても素朴な疑問や、時に理不盡な云ひがかりにも誠意をもつて對應してきたつもりですが、そのほとんどが徒勞でしかなかつたことに愕然とします。すると、私が第三者にも判ずることができるやうに論理に氣をつけながら反應してゐたのも、まつたくの無駄だつたといふことですね。

といふことはWEB日記で語られる「正字正假名」といふのは、「なんとなく好き、嫌い」程度の印象論でしかないといふことでせう。馬鹿馬鹿しい。

なほ、同人誌に關する件は私に判斷できません。コミケのやうな巨大な事象の、その一部のみから、何かを判斷できるとは思へないからです。

夜中

自社に戻つて環境整理とか報告メール作成とか雜務を終らせる。

今週のユーシィ

音聲の使ひ方が面白かつたなあ。


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江洲 信也 / Shinya Esu
最終更新日 : 2003年 2月 1日 土曜日 02時16分57秒 JST