らんぷ亭で牛どん。牛どんといふよりも紅生姜を食べるといふのが正しいな。いいちこを瓶半分。
起床は9:35。久しぶりにでじこを見られたよ。
日記書き。
洗濯と日記書き。
川崎のがちま屋にて酒。やはり泡盛に島らつきようは合ふな。なんか仕事がキツいといふ話だつたやうな。
要するにもつと眞面目にやれといふことを主張する爲の文章。野嵜氏の主張とその趣旨の確認。反論すべき箇所と現状での反論についての考察。論證が間違つてゐる可能性は低いと思ふが、見當が外れてゐたら指摘を願ふ。
適應異常に關して野嵜氏がどのやうに主張してゐるかをまづ確認する。その例を擧げてゐる箇所を讀むと、「民主主義を使ひこなすのは難しい」といふ反論が的を得てゐないことが判る。
「總論」には世間の人と同じやうに「贊成」と言ひながら、具體的な事例について意見を求められると自分の都合に反するからと言つて「反對」「反對」と叫ぶ---と云ふのは、日本的な集團への歸屬意識と西歐的な個人主義との不整合であつて、日本人の西歐への適應異常であると俺は思ふのだが、思はない人の方が多いらしい。
「言論の自由」「フェミニズム」「人權」「民主主義」「自由」(以下略)といつた概念に、戰略的な利用價値以上のものを見出さない。個人の主張が、結局のところ「個人的な欲望を充足させたい」と云ふ宣言にしかならない。と云ふのは、明かに西歐に對する適應異常である。
多くの日本人が西歐由來の概念を十分に理解し使ひこなしてゐるのならば、大抵の日本人の行動は西歐由來の概念に則つたものになる。
しかし實際のところ、多くの場合において日本人は世間體を重視した判斷を下す。これは西歐由來の「個人主義」の思想に反する。また、日本人が自由を主張する場合、屡々己が欲求を正當化する爲の方便としての「自由」を持ち出してゐる。それは自由の主張とは呼べない。等。
このやうに多くの場合において、日本人は西歐由來の概念に則つた行動をしてゐるとは言ひ難い。或る場面において、日本人は西歐由來の概念に則つて行動するが、別の或る場面においては、日本人は日本人獨自の概念に則つて行動する。
このやうな西歐由來の概念を適應する場面で日本人獨自の行動樣式を取ることにより、結果として西歐由來の概念から外れた行爲に至る。西歐に對する適應異常とは即ち、このことを指す。
餘談として「民主主義を使ひこなすのは難しい」といふ反論が的を得てゐないことも説明しておく。先の例では日本人が西歐由來の概念を理解しない上で使ひこなせないことを示してゐる。それは理解した上で使ひこなせないこととは違ふ。概念に則つた行動をした上で失敗するのと、概念に則つてゐない行動をした上で失敗するのとは違ふ。結果が同じことは、原因が同一であることを保證しない。原因が同じであることを示せないのならば、反論として無意味である。
大抵の日本人の行動は西歐由來の概念に則つたもの、ではない。といふことはつまり、多くの日本人が西歐由來の概念を十分に理解し使ひこなしてゐる、といふ前提も妥當ではない。では、何故に日本人は西歐由來の概念を十分に理解できず、それを使ひこなすことができないのか。西歐由來の概念を理解する爲に、野嵜氏はかう考察してゐる。
「神のもの」である道徳の領域と、「カイザルのもの」である政治の領域とを分かつキリスト教の傳統が西歐にある事、その傳統から西歐の倫理觀のみならず論理主義、科學精神、自由主義、ユートピア思想、一方、アンチキリスト、科學的社會主義、共産主義、が生じたのである事。
道徳と政治のやうな峻別し難い事柄をも徹底的に峻別を行ふ思考樣式。それが西歐由來の概念を特徴付けてをり、その思考樣式を齎したのがキリスト教の傳統である。西歐由來の概念を知る爲には、その概念の生じせしめたキリスト教の傳統を知ることが重要となる。つまり、キリスト教の傳統を考慮することなくして西歐の概念を取り入れたとしても、十分に理解して使ひこなすことはできないのである。
ただし「生じた」といふ言葉は行き過ぎがあつて、後に幾分言葉を後退させてゐるが、その場合でも、キリスト教が西歐由來の概念に大きな影響を與へてゐる、としてゐる。
これらを檢證する。
適應異常について。
これらから、結論「日本において、西歐由來の概念に對する適應異常が屡々生じる」といふ考察は妥當だらう。
西歐由來の概念がキリスト教から影響を受けてゐることについて。
これらより、結論「西歐の概念はキリスト教の傳統から影響を受けてゐる」とする考察は妥當だらう。
前提と論理についての考察は以上である。反論するには前提と論理を崩すだけで良い。北守氏は後者の論理と前提を崩すの戰略を取つてゐた筈であつた。そしてそれは失敗してゐると看做されるだらう。反論にすらなつてゐない。
北守氏の論が反論になつてゐないのは、結局のところ、「そのやうな事實が存在しない」と示すべきところで、歴史の事象をただ竝べてゐるだけだからだ。せいぜいが「キリスト教の影響は小さかつた」といふ相對化程度で、「キリスト教の要因が西歐由來の概念の中核を成してゐる譯ではない」といふ具體的な指摘がない。
また歴史學の見地から野嵜氏の知識不足を難じてゐるが、肝心な部分を論破してゐる譯でもない。ちなみに、このやうに關連のないことを持ち出して論點を變へる詭辯は、燻製鰊と呼ばれてゐる。
留保をつけることは、否定ではない。また、主張してゐる人間がキリスト教についての知識が足りない、といふのも、それが致命的にをかしい場合か主張に關連する場合以外は主張の否定にはなり得ない。となると、これまでの反論は、反論として有效ではないといふことになる。私が「反論」ではなく「反應」と呼ぶのはこの爲である。
本論で反論になつてゐないから、野嵜氏に「意味のない指摘をして、批判した積りになつてゐる。」と斬られて終いになつてゐる。
私はかういふ「反應」を行ふ態度を屡々問題にする。論理的な反論といひつつ餘りに論理的でない反論をしたり、關連のないことをただ竝べるだけなら、反論なぞするな、無駄だ、もつと眞面目にやれ、と言ひたい。
どれでも構はないから一つ崩すだけで濟むのだから、これほど簡單なこともないと思ふのだが、どうして見當違ひの反應ばかりしかしないのだらう。
歸りに拉麺屋で麥酒をジヨツキで。
歸宅してから酒を買ひ忘れたことに氣がつく。不貞腐れて寢る。
起床は7:20。さて、仕事に行かう。
クリーニングとか雜用を色々してゐて、客先到着が遲れてしまつた。
ポーティング。なんとかコンパイルまで完了。
コンビニで調達したサンドイツチ。
動作確認。なんかをかしいな。正しく動作しても問題ないだらうに。
リリースだのリリース中止だの。結局、仕事が捗らない一日だつた。
EarlyTimesを瓶半分。酒がなくなつたので、明日の歸りにでも買つてこねば。
起床は7:05。昨晩は酷い鼻水が出てゐたのだが、今朝はなんともなし。でも外出するとむずむずする。體調がまだをかしいのだらうか。
ポーティング完了。コンパイルを仕掛けてみると、定義違反でエラー。本當にテストしたのかしら、このコード。
牡蠣フライ。それから家賃の振り込み等。
やつぱりコンパイルが通らない。新機能のポーティングか他人のソースの蟲拔きか、判らない状態に。
調べてもらつたら、ポーティングに使用してゐたソースコードが手違ひでまともに動作しない物件だつたらしい。丸一日の作業が水泡に歸した。まあ、もしコンパイルまで通つてゐたら、更に酷いことになつてゐただらうが。
無駄な作業をやつてしまつたのが原因か、なかなか作業が捗らない。
作業が殘つてしまつた。明日も仕事か。
早めの21:00客先辭去。綱島で本屋に寄り、漫畫など買つて歸る。
マリみて。なんかテンプがいつも以上に惡い氣が。前半の拗ねる祥子さまが可愛らしい。泡盛をグラス三杯ほど。アフタヌーン讀んでゐたら27:00になつてしまつたので、慌てて寢る。
目が覺めたのが8:10。完全に遲刻なのでお詫びメールを客先に出す。
行きの電車で偶然修範に逢ふ。寢坊が産んだ縁か。近況の交歡など。
歴史學の人向けに長文を書いてゐたけど削除。きちんと讀んでから反論せよ、といふのも毎度毎度で藝がないし、書いたところで説明責任を果しさうにないし。何より書いてゐて詰まらない文章を殘しておく意味がない。
三十分しかないので大したことができず。
適當に食べた。
新機能の調査。提供されたコードがそのまま仕樣を滿たしさうなので、すぐさまポーティングに入る。
餃子とか。
ポーティング作業。ところどころで新機能とは關係のないバグフィクスが含まれてゐるのは何故だ。いちいち檢證しながら書いてゐるので、時間がかかつて仕方ない。結局、時間一杯まで殘つても八割ほどしか進まなかつた。
なんとなく食べたくなつたのでカツプ燒きそばを買つた。あれこれと工夫されてゐて面白い。プラスティツクの蓋の爪を立てたりしなくても湯が切れるのか。それからグラス二杯半の泡盛。隔日禁酒をやめてからはじめて連日の飮酒だ。
起床は6:50。薄曇か。客先へ向かう電車では寢てばかり。
コードのマージ作業。晝前に終る豫定だつたが、凡ミスでMakeが一發で通らない。結局、晝休みまで食ひ込んだ。
内容を忘れた。どうせ大したことないだらう。
いよいよ面倒なデバツグの始まり。時間が掛るのは豫想濟みなので、蟲探し用のコードを念入りに埋める。
が、あからさまにこちらの實裝と異なる信號が出てゐることが判明。コンパイルスイツチの追加と不用メンバの削除を施して再コンパイル。一發で正常動作。まさか二行修正しただけで動くとは思はなかつたぞ。
ノルマを達成してしまつた。今日も早めに切り上げることになつた。
久しぶりに秋葉原へ。アソビットシティの閉店時間に間に合ふ筈だつたのだが、驛に到着したのが20:55ではどうしようもない。あかりちやんと逢ふ爲にネッカで待つ。充電目的の爲、東洋があればそこでも良かつたのだが、あそこは店を疊んでしまつたからなあ。
ほどなく合流してこすちゃへ。ミートソースで夕食。お茶を奢つてもらふ。DVDを受けとつて、閉店前に店を出る。
歸りにコンビニで。
新海誠DVD付き。
泡盛をグラス二杯。漫畫を讀んでゐたら、寢るのが遲くなつてしまつた。「新世紀エヴァンゲリオン 鋼鉄のガールフレンド2nd」が案外面白かつた。
起床は7:20。少し遅目。まあ部屋を出るのはいつもの時間だつたけど。今日も良く晴れてゐるが、昨日のやうには暖かくない。
私が聞いた限りですが、「平良」は治承・寿永の戦で落ち延びた平家の末裔だという話です。もちろん、平家の落人が沖縄まで来るとは考えられず、「平家物語」を聞いた村落の人々が自己の物語として受容した結果と考えるべきでしょう。日本各地に平家の落人や安徳天皇の陵墓があるという現象の、沖縄版であると思ったわけです。まあ、「京太郎」と云われた人々が、「平家物語」を膾炙したかどうかは、定かではありません。
沖縄に殘る、源爲朝傳説みたいなものかしら。出展が不明なのが殘念ですが、もし氣が向いたら調べてみます。
琉球文學と日本文學は關連が深い筈ですよ。「おもろさうし」が平假名で書かれてゐることを考へれば、影響が小さくないことが窺へます。
反論らしい。これに對する野嵜さんの反應まで想像できて欝。
どうしてかうも言葉を違へただけでワンパターンな反應ばかりなんでせうかね。ここ三ヶ月ほどこればかりで飽きてゐるのですが。どうして難癖付けレヴェルの批難しかできませんかね。
批難ではなく批判が讀みたい。
仕事を少し。ちと頭が痛む。
豚肉の生姜燒きと青菜のお浸し。
のんびりと仕事。
特筆することなし。
作業がそれほどなかつたので、早めに歸ることとなつた。歸りの電車で、明日やる仕事を山程思ひついてしまふ。
綱島にて。
他にアラン「幸福論」とか三浦俊彦「論理学がわかる事典」とか。
野嵜さんの反應を實際に豫想してみたのだが、まさか本棚の著者名を片端から竝べるなんて思ひつく筈もなく。非常に悔しく、愉快な經驗をすることとなつた。ちなみにどういふ豫想をしてゐたかは、コメントで埋めてあるのでそちらを參照。
充実野菜が一本なくなつた。一晩で一本はいくらなんでも飮み過ぎだ。生八橋と共に飮んだので口の中が甘たるくなつた。
起床は7:05。夜半の雨風はどこへやら。見事な快晴。天氣が良いのは結構だが、氣温は豫想以上に高くて電車では暑くて大變だつた。
かなり前から書いているんですから、リファぐらいチェックしてくださいよ。長くてやりずらいよ。こっちの都合も少しは考えてください。
そもそもリファラを確認するのはサイト製作者の義務でも何でもないので、さういふ批難はどうかと。
あと、歴史學に無知であることを理由に批判されてゐるやうですが、どういふ意味があるのか説明して貰へませんかね。用語の使ひ方やらが「歴史學」の觀點から「違ふ」といふのと、批判されてゐる議論との關連が示されてゐなければ何の意味もないでせう。少くとも野嵜氏は或る人物の思想を紐解くときには、最小限度の解説は付けてゐた筈ですが。だから矢鱈と長文になる譯ですけど。
といふ譯で、外野からは有效な批判をしてゐるとは思はれません。何故に歴史學ではロレンスを無視すべきなのか説明も願ひます。現状では重箱の隅だけつついて批判した積りになつてゐる、闇黒日記を批難する手合に良くある事例でしかありません。
仕事。開發環境を固めるのに時間を取られてイライラ。なんでbzip2で壓縮して840Mもありますかね。あとは動作檢證など。
拔き。まあ客先に入る前に蕎麥を食べてゐるので問題ないのだが。
仕事の續き。仕樣が意味不明だつた爲、該當するLinuxカーネルコードを片端から讀む。やうやくやりたいことが判つたので、コーディング開始。
コーディング終了。なんとか動作してゐるやうだ。しかし、これはどう試驗をすれば良いのか判らないな。
夕食はコロツケとかサラダとか。
資料を纏めて保存。それからデバグ用のコードを埋め込む。ロジアナに波形が出る筈だけど、何故か出て呉れないなあ。そんなところで本日の作業終了。いつもより早い21:20の客先辭去。
綱島にて。
「あそびにいくヨ!」舞臺が東京らしいので積み決定。
禁酒の日。隔日禁酒はこれにて終了。
歸宅前に横濱屋で拉麺を一杯。歸宅後に泡盛のお湯割りを二杯。横濱屋では餃子もつけたのだが、焦したやうであとからおまけしてくれた。
起床は9:50。またもやでじこを見損ねた。
プリキュアをリアルタイムで鑑賞。
いいなあ。羨ましい。
洗濯開始。晴れてゐるが風が強い。氣温も高く、過しやすい。
ヨーグルトとロールパン。
本を讀んだりアンプを弄つたり、PM8000、やはりスピーカーから音は出ない。いつそ棄てるか修理が先か。
買ひ物に行くつもりだつたのに、結局は部屋に籠つてしまつた。奮起して小杉まで車を出す。サトー無線でPC用キヤリングバツグを探すも、適當なものが見付からず。上の本屋で買ひ物。
それからいつもの壽司屋で食事。試驗が終りやうやく解放されたやあ3と、久しぶりの螢屋さんと。音樂談義はついて行けず。あとは仕事絡みの話とか。今日のネタは赤身、コハダ、鯖、メカトロ、帆立、穴子、鰯、蛸、カンパチ。追加で新香卷と鐵火卷を頼んだが、どちらも素晴しい味だつた。
やあ3から戴いた生八橋。美味しうございました。
歸りにコジマに寄つてキヤリングバツグを購入。これでPBG4もR1Nも持ち歩けるやうになるな。
沖縄における「平良」という苗字が、唱導の結果であることを知れば、その行動範囲の広さを理解することが出来るはずだ。
興味があつたのでgoogleのご神託を受けてみたのですが、成果がありませんでした。資料などありましたら教えて戴けませんでせうか。
さういへば、「江洲」といふ苗字についても調べたことはなかつたなあ。
飮酒の日。
疲れてゐたせゐか、25:00頃には寢てしまふ。
起床は7:50。いつもなら家を出てゐる時間なんだが、どうにも身體がうまく制御できないやうだ。
準備して出勤。電車の中で書けてゐなかつた三日分の日記を書く。しかし、PBG4は立つて使ふには重過ぎるな。R1の倍の重量があるから當然ではあるのだが。
仕事を色々。遲れをどうやつて取り戻すか思案。
コンビニで調達したおにぎりなど。野菜が不足してゐるな。
あれこれと作業。不具合が多發して困つてゐたのだが、最新版の環境にしたところいきなり解消してしまつた。こんなこともあるか。あとは雜多な修正など。午後だけでかなり捗つたな。
綱島にて。
他に文藝春秋とか。唐沢俊一氏が目當てだつたのだが、驛前の本屋のラスト一册だつた。石原愼太郎氏が襃めてゐるやうに思へない選評を與へた芥川賞作品なんて、本當に皆讀みたがつてゐるのかな。大岡信氏の歌會始の儀に關する文章が面白かつた。